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世界一貧しい大統領エル・ペペで吉田兼好「徒然草」を思い出しました

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昨年までウルグアイの大統領を務めていた、エル・ペペこと、ホセ・ムヒカ元大統領。

3月末に彼に関する書籍が発売されたことで、先日テレビで彼の功績を称える放送を見る機会がありました。

私もとても好きな政治家さんの一人であり、彼のスピーチから強い感銘を受けた事も有りました。一方、吉田兼好徒然草」の217段の、とあるフレーズが私はとても好きで、経済の真理を表していると思ってます。エルペペのスピーチを聞いてますと、この徒然草のフレーズを思い出すのです。ペペの言葉にも「真理」を感じているのだろうなあ、と我が心理ながら思います。

 

ペペは経済政策においてもきちんと成果を上げた、現実的な政治家さんです。やはり、本当の意味で経済を理解している人は、成果も出せるんですね。

自分の周囲を見回してみましても、財をなしている人は、本稿に書く、真理の一つを理解し、実践しています。改めまして、僕も正しく生きたいなあ、と思いました。

 

<エル・ペペとは?>

元々、ウクライナにおいて、極左ゲリラとして活動をしていました。

チェ・ゲバラ的な事をしていた人です。

それが回り回って、正式な大統領にまで上り詰め、そこでの政策は中道の穏当な政策をとり、ウクライナの発展に貢献しました。

彼を最も世界的に、日本でも有名にしたのは、ブラジルリオで行われた「国連持続可能な開発会議」で行ったスピーチでした。私も彼の事を知ったのはこのスピーチによって、でした。

この開発会議は、2012年に「資源の総量など、地球の限界の枠内で人類が永続的に発展していくには、どうしたらいいか」を話し合う為に各国代表などが集まり開催された会議です。

日本からも外務大臣が出席し、「日本の環境技術は・・・うんぬん」みたいな下世話な話をしました。ここでのペペの演説は、僕としてはビックリする内容でした。内容をザックリ言いますと、

 

「持続可能な開発なんてあるわけないだろ」

 

的なスピーチです。そんな無為な事考える暇があったら、「足ることを知る」ことに時間を使えば?のような話をしたわけです。

僕が何に心を取られたかと言いますと、内容もさることながら会議に出席しておきながら、会議の趣旨を真っ向から全否定するようなスピーチをズバッとする

 

ハートの強さ(空気の読まなさ)

 

でした(笑)

この人きっとB型だろうなぁ、職場にいたらやだなあ(笑)

やっぱりゲリラに身を投じちゃうような自分を曲げない強さ、が出たのでしょうか。

 

但し、玄葉外務大臣(当時)が披歴した、ハナクソのような発表に比べると、その内容は高潔な精神と、経済への正しい認識に裏打ちされた、素晴らしいものだったと思います。

日本からの発表は、日本が環境技術で世界をリードし、地球にやさしい経済発展に資するよう頑張る、というような物です。

それに対して、ペペのスピーチは以下のようなものでした。小国の大統領のスピーチ、皆が大した期待をしていなかった中、そのスピーチが終わると、万来の拍手が起こったそうです。

 

(以下青字がペペのしたスピーチ内容です)

「会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクロスセネカアイマラ民族までこんなことを言っています

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。羊も800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。」

(別ブログより転載。http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/

 

手段と目的をはき違えるな、という事ですよね。すごくこのスピーチ、好きです。

 

吉田兼好徒然草、日本人ならみんな知っていると思います。その徒然草の217段にこのようなくだりがございます。

 

「そもそも、人は、所願を成ぜんがために、財を求む。銭を財とする事は、願ひを叶ふるが故なり。所願あれども叶へず、銭あれども用ゐざらんは、全く貧者と同じ。何をか楽しびとせん。」

 

人はお金をあくまで使う為に稼ぐ。貨幣はただの紙ッキレなのに使わないで貯めるのでは、貧乏人と同じ、という話ですね。

幸せな時間が欲しくて働くんですが、長時間働いて、目的である時間を失う・・・

 

こんな記事を書きつつ、明日からまたFXにエネルギーと時間を使う、ワタクシです。 外為投資自体が楽しいから、いいんですかね?

人間は悲しい生き物ですね。

 

(Photo:Wikipedia Pepemujica2.jpg by Roosewelt Pinheiro/ABr - Agencia Brasil)